ギリオとキリヒト/中3時 *BLでは無いですがBLぽいです
【narcissus】
顔を見る為に視線をあげる。
ごく自然に眼球を動かしてから、ああこいつは身長が伸びたのだと気づいた。
…斜面の所為だろうか。土手の上で並んで立ちどまったまま。
隣の錐人は眩しげに水面を見下ろしていた。
2ヶ月ぶりに錐人の顔を見た。会話の始まりも内容も大抵同じだ。
元気だったか。親から連絡はあったか。飯は食えているのか。
返す言葉も同じだ。
ああ心配せんでもええよ。手紙は来てるよ。お前こそ忙しいやろ。
そういう遣り取りが、ぱらぱらと互いの間に落ちる。
「おれは大丈夫だよ。それに心配するのは当たり前だろ。
だっておれはお兄ちゃんなんだから。」
錐人はそう続けて笑った。
双子の俺とこいつの間には、この世界で呼吸をし始めた数時間の差しかないのに、
何故かずっと【兄】の顔をしている。幼い頃は疑う余地も無かった。
おれが気づいたときには錐人は何でもおれよりよく出来たから。
お遊戯。工作。先生との会話。友達の作り方。どれも飛びぬけて上手かった。
川を眺めるだけの時間が数十秒過ぎた。
「…ゆっくりしていていいな。この辺は。空気もきれいだし」
穏やかな声が隣から向けられる。
光を反射する柔らかい髪と、笑っても崩れない端正な顔立ち。
同じ細胞で出来ているはずなのに、少しも似ていない。
鏡を見るのとは違う。
鏡なら、こんなに、――
「……ッ、げほ…」
「…リオ?」
「…ちょっと咽ただけや」
思考回路を掻き消すために、肺に溜めた空気を吐き出した途端に咽た。
思ってはいけないことだった。
いや、
思わないように、自分の中にずっとずっと封じ込めてきている。
本当はずっと昔から知っている。おれが誰よりも分かってる。
それは今、俳優やらで活躍するずっとずっと前から。
同じ顔で、同じ声でも、
誰からも愛されるような笑顔も、弾むような声も、彼だけが持っていることは。
それを思うたび、肺の奥が引き裂かれるように痛んだ。
美しくありたいわけでも、目を惹きたいわけでも無い。
ただ、余りに眩しくて、眺めるのが辛かった。
比較しまいとしても、目に映る。
羨望。嫉妬。劣等感。
傍から見ればそう名付けられる感情なのだろう。
(…そない簡単に僻めるんやったらやっとる)
行き場の無い感情を自覚してからは、極力、兄を避けてきた。
逃げだとわかっていても、耐えられなくなりそうだった。
他人と括り切れない、分身に近い存在。
感情に歯止めが利かなくなりそうで恐ろしかった。それが好意でも、悪意でも。
自分の蓋をしてしまえばいつかは忘れられる。
そう漠然とした希望に頼って、目を向けないまま生きてきた。
「大丈夫か?風邪なんじゃないだろうな」
「…咽ただけやて。空気乾いとるから」
随分顰め面をしていたらしい。
心配そうに覗き込まれて、髪を掻く素振りで視線を外した。
「…ほら、そろそろ帰りや。陽が沈んでんで」
「本当だ。最近、陽が落ちるのが早くなったな」
そう促すと、詰らなさそうに口を曲げた。こういう仕草は子供に見える。
ふと視界の端に、小さく揺れる白色が目に入った。
*
「…水仙…」
「え?」
声が耳に入って顔をあげると、どうやら無意識の独り言だったらしい。
少しばつの悪そうな顔をして、ギリオは俺の後ろを指した。
「いや……ほら。あれ、水仙があるな、て」
「ああ、本当だ。今の時期だったっけ」
「年中咲くやつもあんねやて。寒いときがほんまらしいけど」
改めてみて気づいた。斜面の草むらに、ぽつぽつと白い花が混じっている。
「…ああやって俯いてんのは…」
「ん?」
「水に映った自分の顔を見るためなんやって」
「随分とナルシストな花なんだな」
「そうや。英語でナルシス」
頷かれる。意味を取りかねて首を傾げると、説明を付け足してくれた。
「…星座の由来の神話とかあるやろ。そんな話の一つや。
泉に映った自分に見惚れて落ちた美少年ナルキソス。沈んだ後に咲いた花が水仙。
せやから英語ではナルシスて言うねんて」
なるほど。そういえば植物の名前に意味や由来のあるものは多い。
水面に落ちてしまうほど見惚れるなんて間抜けな気もするが、
余程美しかったか…或いは別の理由があるのだろう。
聞いてみようかと視線を向けると珍しく、ギリオと目が合った。
「…お前やったらわからんな」 と、呟くように言われる。
「何だ。落ちるかもしれないってことか?」
「せやな。オレやったらありえへんけど」
褒められているのか貶されてるのか。無表情すぎて感情が読めない。
こういうことはよくある。ずっとこうだ。ギリオはオレに感情を表さない。
「…オレだって自分の顔に見惚れはしないさ」
「ホンマか?しょっちゅう鏡見てんねやろ」
「広告の1つだから、なるべくキレイに見えるように気をつけては居るよ」
「……オレはお前の笑い方、好きとちゃうわ。あの、雑誌に載ってるやつ…嘘っぽくて」
少し笑いそうになった。あれだけオレを避けてるのに、載っているのは見てたのか。
嬉しくなったけれどそう言うと嫌がるだろうから、黙ることにする。
ああ、オレもそうだ。ギリオに見られないようにしていることが結構あるな。
「……ほら、早よう行きや」
「リオ」
「何や」
「触ってもいいか?」
「は?」
キョトンとした顔で見上げられる。上目の視線に、ああ、オレの方が背が高いんだと思った。
でもまだ足りない。親代わりになるには、もっと大きくならなきゃダメだ。
「頭撫でられるのと、握手。どっちがいい?」
「……握手やったらええわ」
選択肢を提示すると、予想通りの返答。
垂らされたままの腕を掴んで引き寄せる。怪訝な表情を無視して、抱きしめた。
「……ッおい!これ握手とちゃうやろ離せや」
「お前も気をつけてな。また電話するから」
「聞いてんのかリヒト!…キリヒト!」
「風邪引くなよ。電話してきていいから」
「お前な…」
「ほんとに大きくなったなぁ」
「………」
言い返すのも抵抗も面倒になったのか、ギリオは押し黙った。
甘えさせてやりたいというのは、建前かもしれない。
ただ触れて、確かめたいとオレはいつも考えているから。
離す直前にぽんぽんと頭を撫でると、強めに振り払われる。
「結局頭なでんねやったらはじめから聞きなや」
「聞いたけどやらないなんて言ってないだろ」
「ホンマ腹立つわお前って。なんで抱擁せなアカンねん」
「兄弟だからいいじゃないか」
「せぇへんわ兄弟でも。幾つや思てんねん。…も、ええから早よ帰りや」
「どうせお前も駅まで行くんだろ。一緒に歩こう?」
笑いかけると、不満そうに口を曲げたがしぶしぶと頷いた。
まだ子供っぽいところがあるんだなと微笑ましくなる。
それでも手を引いて歩くことは叶わない。視線で促して、歩き出した。
*
*
駅までの道。 互いに、口を開かなかった。
歩きながら考える。
(( もしも 『俺』 がナルキソスの鏡を覗いたのなら、 ))
ばかばかしい例えだが、でも確信を持てる。
(( 映るのはきっと 『 隣の顔 』 だ。 ))
END.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
千歳兄弟の心象風景。まんがで描くとダラダラになるのでテキストで。
現在が高2なので、2年前?くらいの。 中3くらいの2人。
呼び方の リヒト/キリヒト、ギリオ/リオ はまちまちです。
過剰のコンプレックスとブラコン思考で倒錯的なアレの世界に踏み込みかねないとこですが
これから更正すると思います。この後アンズちゃんに出会うので。
110904